安楽寺 浄土真宗本願寺派 千葉山安楽寺
妙 音 千葉山安楽寺機関誌 千葉山安楽寺執事事務所 TEL 0883-63-2015
親鸞聖人は、太陰暦弘長2年11月下旬、京都三条富小路の善法坊で発病し、28日の午後(12時ごろ)に90才をもって御往生されました。これを現在使われている太陽暦に当てはめると西暦1263年1月16日に当たります。このことから本山西本願寺での報恩講は1月9日から16日にわたり執り行われ16日を満座としてお勤めを行います。 「親鸞聖人伝絵」にご往生の状況が、…聖人弘長二歳壬戌仲冬下旬の候より、いささか不例の気まします。それよりこのかた、口に世事をまじえず、ただ仏恩のふかきことをのぶ。声に余言をあらはさず。もっぱら称名たゆることなし。しかうしておなじき第八日午時頭北面西右脇に臥したまいて、ついに念仏の息たえおはりぬ。ときに頽齢九旬にみちたまう。…と記されています。 親鸞聖人のご臨終には、弟尋有僧都や末娘覚信尼様がはべり、越後から子息の益方入道もはせつけてきました。翌29日戌時(午後8時頃)に葬送、京都東山の麓、鳥辺野の南、延任寺で火葬。翌30日に遺骨を拾い、鳥辺野の北、大谷に墳墓を築き納骨をしました。 聖人の墳墓は、横川方式即ち良源様式の源信和上と同じ様式に造られました。 なお安楽寺の報恩講は本山西本願寺での報恩講に先立ち脇町安楽寺では12月第一日曜日、美馬安楽寺では12月第四日曜日にそれぞれお勤めを行います。法要は、ご門徒の皆様方の懇志により勤められる慣わしになっております。世話人の方々により報恩講のご案内を行うとともに法要のお手伝いをお願いしております。また併せて本山及び教区門徒講金、お初穂、維持運営費等々の懇志をお願いしています。皆様方のご無理の無いところでご進納頂ければと思っています。 報恩講にお参りいただき信心を喜び、自分の信に相違がないか、聴聞して、自分自身を確かめてみましょう。 ご門徒のお内仏には、お講さん御正忌さん或いは駆けづとめと称して僧侶が一軒一軒お伺いし年に一度のお勤めをさせていただいています。そして共にお念仏を喜ばさせて頂ければと思っています。 善法坊:ぜんぽうぼう:親鸞聖人の弟尋有僧都の京都における里坊。 満座:まんざ:満願。法会、説法などの最終日。 覚如上人:かくにょしょうにん:本願寺三世。親鸞聖人の末娘覚信尼様の孫。即ち親鸞聖人の曾孫。 鳥辺野:とりべの:京都市東山区の清水寺から西大谷に通ずる辺り。平安時代からの火葬場。鳥部野。鳥辺山。鳥部山。現在もこの付近に京都市の火葬場がある。 頽齢九旬:たいれい九じゅん:衰えた年令は九〇才。旬は10年。 本願寺では、修復終えた御影堂で平成二十三(2011)年四月から翌年の平成二十四(2012)年一月の間に法要ご修行が行われますので団体参拝・記念事業に参加しましょう。 当安楽寺も、法要・記念事業に取り組んで参ります。来年度(平成十九年2007)に、お待ち受けの法要を予定しています。 お楽しみに
「初参式」「稚児出仕」「夏休み仏の子供研修会」は、少子化の影響も有ってか、参加者が少なくなっています。心豊かな子供に育って欲しいという願いを込めて「阿弥陀様」との廻り会いを確かめる良い機会となるのではないでしょうか。お誘い併せて参詣頂ければと思います。 「阿弥陀様」の「慈悲」「やさしさ」を学ぶ事で優しさを身につけた子供に育つ事を願っています。いじ めから始まって、嫌な事件が続きますが、素直に「ありがとう」と言える子供に育って欲しいものです。 子供の命を大切にと願って行事を行っています。一人でも多くの人々に参加して頂きたいものです。
初盆は、八月十三日から十六 日の間の適当な日に勤めます。 初お講(俗に言う仏正月)は、 十一月二十八日、月遅れで十二 月二十八日、旧の十一月二十八 日の前後。いずれかご都合の良い 日に勤めます。 初盆・初お講は、内々で勤め る家も有りますが、お寺を呼ん で勤める場合は、重なりますので お早めに連絡して下さい。 客殿内側は鳴門の渦潮に囲まれた部屋になります また外側は四季折々の花鳥風月の絵になる予定で今回は冬の雪原をかけているイヌワシのです 次は二年先の予定です お楽しみにしてください なお 天井画は先に奉納されていて本堂にお供えしています 客殿「天井画」と「ふすま絵」の詳細 美馬安楽寺 脇町安楽寺
病める赤門に、 慈しみの心をお届け下さい、 ご依頼申し上げます。 懇志用郵便振替口座
この道案内に、美馬町まちづくり委員会の皆さんと、地域住民の皆さんが協力して、竹灯寵でライトアップをしています。柔らかい心和ませる竹灯龍の光に出会いに来て下さい。過ぎ去りし一年の反省と、新しい一年の門出にきっと良い思い出になると思います。 この運動は、吉野川の竹が、「私はここにいます。私のことを忘れないで下さい。私にもありがとうの言葉を、言わせて下さい。聞かせて下さい。」と、叫び声をあげているのではないかとの思いで取り組んでいます。 「私を解ってくれる人が一人もいない。誰かの役にたちたいのに、誰も振り向いてくれない。」そんな時竹の命が叫び声を上げるのです。人と竹が共生「ともいき」することは、こんな悲しい世界を作ってはいけないと、いう事なのです。 竹に「ありがとう」を届けるために、竹灯龍を作ってみました。ご一緒しませんか?、 なお 脇町安楽寺にても「除夜の鐘撞き」を行っています 寺内も、お陰様をもちまして、何とか一年が終わりそうです。院家は、健康に気遣いながらも、本願寺史料研究所に出仕して、親鸞聖人七百五十回大恩忌法要に向けてのお手伝いをしています。また月々の法話も寺に帰ってお勤めしています。 若院家は、もう若いとは言えぬ「還暦」を迎えました。僧籍に入って三十三年俗にいう三十三回忌を一人で勤めました。体は太りましたが、だんだん体力は落ちている様にも感じています。町の名声を一人でも多くの方々にお伝え出来ればと、運動を重ねてきましたが、これもバトンタッチしなければと思っています。最後の締めくくりにとして来る年(2007)の十月二十八日に開催される国民文化祭「能楽」を無事に終えたいと思います。 坊守は、二人の孫に「りゆうちやん」「さらちやん」と電話交換、なかなか京都に会いに行けません。娘も帰って手伝ってくれて、頼もしい助っ人です。 ご門徒の皆様には、何かとお心をお運び下さり、忝なく存じていまます。お念仏と共に歩ませて頂く人生。これを忘れては、大きな落とし穴が口を開けて居るようにも思われるのですが。 文責千葉昭彦 |