安楽寺 浄土真宗本願寺派 千葉山安楽寺
平成20(2008)年04月18日
本願寺展(徳島展) 徳島市立徳島城博物館
 平成20(2008)年10月04日(土)から11月16日(日)に開催されました
 なお本願寺展 札幌展は2010/05/23(日)に終了しました
○乗隆最後のお勤め   本願寺展の計画監修及び讃仰文(下記)の寄稿
写真
 本願寺展が浄土真宗本願寺派西本願寺 朝日新聞社等の主催により親鸞聖人七五〇回大遠忌法要に向けて各地で開催されることになりました

 住職千葉乗隆はこの本願寺展の開催に当たり展示品の吟味 展示品の配置に至るまで心血を注いで計画し 監修すると共に この本願寺展の法宝物目録に「歴史をかたる遺産のかずかず」の一文を寄せています なおこの業務は住職千葉乗隆の最後の勤めとなりました

 またこの冊子の39頁に「親鸞聖人の遺骨墨書の発見」の項に調査時の写真と記事が掲載されています 別ページを開きます(参考 親鸞聖人の遺骨を調査する住職千葉乗隆

○「歴史をかたる遺産のかずかず」
  本願寺展各会場 及び 法宝物目録に掲載されています
  きたる平成二三年から四年にかけて、浄土真宗を開かれた宗祖親鸞聖人の七五〇回大遠忌法要が修行されます。この讃仰を目的として、全国数カ所において「本願寺展」の巡回開催が企画され、朝日新聞社ならびに各地の博物館・美術館が、引き受けて下さいました。おそらく、各地においてこの種の本格的展観が行なわれるのは、初の試みと思われます。

  本願寺の歴史とは、親鸞聖人から出発し、廟堂ならびに本願寺という寺院の歴史、宗派・教団の本山としての歴史が積み重なったものです。また本願寺歴代は、寺家と公家の両面を兼ねそなえており、各時代ごとの都の文化、日本の文化を吸収し、育み続けてきました。本願寺蔵の法宝物群は、このような重層的・複合的な歩みと営みが投影されたものに他なりません。   今回の巡回展では、国宝五件・重要文化財二八件を含む約一五〇件の貴重な法宝物が出陳されます。それらは、美術的価値にとどまらず、永年にわたる親鸞聖人と本願寺の歩んできた道をものがたる歴史的価値の高い遺産です。さらに、各地の関係諸寺院等にご協力いただき、特別に出陣をご許可いただいた優品もあります。展観では、これらのものを「親鸞聖人と浄土真宗」「日本史のなかの本願寺」「本願寺の至宝」の三つの章にわけて、参観される方々のご理解をえたいと思います。   最後になりますが、皆さま方には、単に文化財・美術品として鑑賞されるにとどまらず、それぞれが有する歴史的な意味と意義を読みとっていただければ幸いです。
○本願寺展開催日程
福岡展

広島展

徳島展

名古屋展

金沢展

札幌展
九州国立博物館

広島県立美術館

徳島市立徳島城博物館

名古屋市博物館

石川県立歴史博物館

北海道立近代美術館  
平成19年 2007/09/22(土)
    から 2007/11/18(日)
平成20年 2008/04/18(金)
    から 2008/05/25(日)
平成20年 2008/10/04(土)
    から 2008/11/16(日)
平成21年 2009/04/18(土)
    から 2009/05/31(日)
平成21年 2009/09/19(土)
    から 2009/11/03(日)
平成22年 2010/04/17(土)
    から 2010/05/23(日)
○鑑賞券について
徳島市立徳島城博物館 開催 平成20年 2008/10/04(土)から 2008/11/16(日)
徳島市立徳島城博物館開催時の
 入場料 当日1,000円 前売り900円
    お寺の特割800円 (ご希望の方はお知らせ下さい)
 なお 徳島での本願寺展は終了しました
  
○安楽寺の歴史
  戦国時代の阿波と本願寺 「安楽寺文書」を読み解く
   世界遺産の至宝 本願寺展 地域展示解説シートに依る
   執筆:徳島城博物館学芸員 須藤茂樹さん
    資料提供:安楽寺・本願寺史料研究所

 足利義維を擁立して堺に公方府(堺幕府)を樹立した 陰の立役者、阿波の三好元長は、細川政元に扇動された 十万余の一向一揆によって自害を余儀なくされ、その子 三好千熊丸(後の長慶)は父の仇敵細川政元打倒を胸に 秘めつつも、やがて対立した政元と一向一揆の間を取 り持ちました。

 時代は下って永禄十一年(一五五八)秋に織田信長が 足利義昭を擁して上洛すると、畿内の政治地図はガラッ と変わりました。元亀元年(一五七〇)、大坂・石山本 願寺と信長との関係は悪化して天正八年(一五八〇)ま で十一年に及ぶ戦いが繰り広けられることになります。 将軍となった義昭を軸に北近江の浅井長政・越前朝倉 義景、そして本願寺や阿波の三好氏、遂には武田信玄 が信長に対抗しました。巨星信玄の死をきっかけに、 反信長包囲網は崩れていきます。しかし、天正四年 (一五七六)に義昭が備後のとも鞆(広島県福山市)に移って、 毛利氏を新たに味方につけることに成功すると、毛利 氏は水軍を遠征させ、信長の水軍を破って本願寺に兵 糧を運び入れました(第一次木津川合戦)。塩飽諸島を 押さえ瀬戸内海の制海権を収め、勢力を西国へと拡大 しようとする信長に対抗する意味もありました。一方、 阿波や畿内で活動する三好氏一族も重臣篠原長房が本 願寺の要請もあって畿内に兵を動かすなど反信長の立 場をとりました。  ところで、徳島県美馬市美馬町中山路、吉野川北岸 の河岸段丘上に干葉山妙音院安楽寺という浄土真宗本 願寺派に属するお寺があります。昔は天台宗に属し、 妙音院、あるいは真如寺と号したといわれていますが、 正元元年(一二五八)頃に下総の住人千葉彦太郎が入寺 し、以後浄土真宗に改め仏光寺派に属したと伝えられ ています。永正十二年(一五一五)の火災で郡里を離れ て麻植郡瀬詰村(吉野川市山川町)に移り、さらに讃岐 三豊郡財田(香川県三豊市)に転じて宝光寺を建てまし た。永正十七年(一五二〇)、三好千熊丸(元長または 長慶)の召還状によって郡里に帰住しました。門徒衆の 触頭として大きな力を待ったといわれています。阿波 では吉野川流域を中心に拡大していきます。安楽寺は、 江戸時代には阿波21、讃岐50、伊予5、土佐8の合計 84ケ寺の末寺を有し、四国の真宗寺院では最大の勢力 を誇りました。現在は能舞台を設置するなど文化の発 信拠点となっています。また、安楽寺周辺には県指定 名勝の四国最古の庭園を有する真言宗御室派願勝寺を はじめ数ケ寺がかたまっており、「寺町」として散策の 場となっています。  本願寺展(徳島展) 徳島市立徳島城博物館
 平成20(2008)年10月04日(土)から11月16日(日)に開催されました